無趣味な健常者よりも、多趣味な病人の方が生き生きしていると気づいたのは、私が無趣味な健常者から多趣味な病人になってからでした。今思えば、健康でありながらただ働いて眠るだけの生活をしていた時間はなんと味気ないものだったのでしょうか。そして病気に罹り、趣味を持つまでの「無趣味な病人」であった時間は、希望も持てずに苦しく辛いだけの本当に真っ暗な日々でした。
病の中に居る人はこう思うでしょう。
「趣味を持つ余裕なんてない、病気と闘うだけで精一杯だ。健康ならできるだろう、でも私にはできない。病気があるのだから。」
私だってそうでした。でも考え方を変えてみたのです。それはたった一行の文章でした。
「楽しいから笑うんじゃない。笑うから楽しいのだ。」
この文章を見てハッとしました。これは自分にもあてはまるぞと。ならやってやろう、笑うだけじゃない、楽しくなるような事をやってやりきって、楽しくない毎日を楽しくしてやろうじゃないかと思ったのです。
そして、今まで「高いカメラを買えない」と理由をつけてやらなかった「写真」という趣味を持ちました。やろうと思えばできるものです、楽しむ事が目的なのだから安いカメラだって構いませんでした。カメラを持てば写真が撮りたくなるのは当然のことです。病から、いつ倒れるかと怖くてなかなか出歩けなかったけれど、少しずつ散歩するようになりました。綺麗な花をレンズで覗けば、その瞬間、病を忘れられました。
こうして私は、病に邪魔されずに趣味を持つ事に成功したのです。そして何より、散歩という軽い運動が私の病気には良い効果をもたらしました。写真を撮るようになれば、もっと感性を磨きたくなり、本を読むようにもなりました。やらなければ一生やらないかもしれない、でもやり始めると止まらなくなる事があります。連鎖のように趣味が増え、私は「多趣味な病人」となりました。
病にならなければ、健康のありがたみが分かりませんでした。健康なままだったら、毎日を楽しくするにはどうすればいいかなんて考えもしなかったでしょう。病気で失ったものもありますが、趣味を持ってマイナスになった事はひとつもありません。健康でなくても、趣味を持つ事で健全になれました。
家族はこんな私を見て言います。
「写真を撮ってる時の姿は、とても病人とは思えないよ。」
そして今、健康ならもっと趣味を楽しめる、だから病を治したいと前向きに思います。もちろん趣味をもっただけでは病気は治りませんが、趣味を持つ前よりも笑顔が増えました。






多趣味な病人










