白寿になる母が田舎で達者に暮らしている。デイサービスのお世話にはなっているが頭はしっかりしており、今でも新聞は隅から隅まで読み、私よりよっぽど世間のニュースに詳しい。デイサービスの職員の方々からも「分からないこと」があれば「ニシヤ(屋号の事)のおばあちゃん」に聞けば良いと言われる位だと母自身が得意げに・自慢げに話してくれる。
本人が言うことは多少誇張があるだろうが、例えば、頭の体操的なリクリエーションの時間に「四語熟語」の穴埋めテストの様なものが出るらしい。いつもトップと言うより、若い職員も分からないと最後は「おばあちゃん」に聞くようなことがしばしばであるそうだ。その様な話を帰省で母を見舞いに行くと母の口から以上に他人様から聞くので嬉しくもあるが、古希を迎える子の私としては母を未だ超えることが出来ないのに恥じ入るばかりである。
しかし母が幾ら達者と言え99歳、あと半年で100歳の誕生を迎える。世話をしてくれる私の姉がいるとは言え、見舞った後の別れはつらくてつらくてたまらない気持ちである。
また、今回の帰省はまたいろいろ複雑な思いもあった。母に本当のことを言った方がよいかどうか迷いがあったからである。それは、私の突然の「早期発見」の癌の手術を言うべきかどうかであった。手術そのものは大成功で、スポーツで焼けた真っ黒い顔で外見上は全く分からない。「再発」さえなければ、そして誰にも言わない限り家内意外誰も知らずに済む。
田舎に向かう「汽車」に乗っている間も言うべきかどうか結論が出ないまま母と向き合ってしまった。久しぶりの田舎のご馳走を食べながら夜遅くまで談笑し、母の笑顔を見ているとやっぱり言うまいと、結局「癌」については母にも姉にも言わないままである。そして「元気で達者で暮らすのよ!」と今回もまた母に励まされたのを「車中」で思い出し涙を抑えながら帰宅した。
最後に私の駄句「会う度に別れが辛い老いた母」であるが「お母さん何時までも元気で!!」そして、心の中で「俺もお母さんの様に元気で白寿までは生きる」と誓った次第である。






老母に励まされて










